洪 繁 先生
慶應義塾大学医学部 坂口光洋記念 システム医学講座 准教授
消化器病学についての数多くの論文や著書を発表され、消化・吸収や栄養学のエキスパートとしてご活躍中の医師。
加齢とともに消化酵素の分泌量が減少し、胃もたれや消化不良症状を感じてしまう方が増えてきます。
その一方で、これらの症状に対して消化を助ける酵素を補い、胃もたれや消化不良を改善する『消化酵素薬』という選択肢があることは、あまり知られていません。
そこで今回は、慶應義塾大学医学部 坂口光洋記念 システム医学講座 准教授の洪 繁先生に「消化」および「消化酵素」についてお話をうかがいました。
2018年9月
聞き手:シオノギヘルスケア
洪先生:食事は、我々が生きるための基本であり、量的にも質的にも正しく栄養をとることは、健康な生活を送るうえで必要不可欠です。
和食はもともと伝統的にあっさりとした献立が多いので、たん白質や脂肪分が少なく栄養不足になりがちですが、健康に生きることを考えた場合必ずしもそれがベストとは限りません。
食事をしっかり摂れるのは健康な証拠ですから、若い時からバランスのとれた食事をされており、大きな病気にならず比較的健康を維持できているならば、70才代、80才代になっても若い時と同じ献立で全く問題ありません。
ただ、多くの高齢者はトレーニング不足により筋肉量が減ってしまっていることがほとんどなので、食事量に見合ったエクササイズも同時に考えましょう。
聞き手:年齢を重ねると食が細くなったり、あっさりしたものを好むようになるのは、自然なことだと思っていたのですが。
洪先生:高齢になると食事の量が減る・好みが変わると思われがちですが、それは我々の勝手なイメージで、高齢者に対する偏見の可能性が高いです。
生活習慣病予防のための節制は大人として賢明な事と言えますが、ここでいう節制とは、食事量を減らしたり、栄養価の低い貧弱な食事をすることではなく、自分の意思で筋肉量を保つためにトレーニングをし、適切な栄養をとるという意味です。
ですから健康な人が60才代、70才代になったからといって、食事の量が減ったり、あっさりしたものしか食べられなかったりというのは、実は自然なことではなく病的な状態であると思います。
聞き手:なるほど、高齢になっても、健やかな毎日のためには、しっかり食べることが大切なのですね。とはいえ、必要な栄養素をきちんと摂れる量を食べようとすると、胃もたれや消化不良症状を感じてしまう方はどうしたら良いでしょうか。
洪先生:もし、胃や腸の病気もないのに、胃もたれや消化不良症状を感じる方は、消化力が十分でない可能性が考えられます。
その場合は、食後の胃もたれを解消し、消化を助ける消化酵素が配合された胃腸薬の服用によって、症状が劇的に改善することがあります。
聞き手:食事量が減ったり、あっさりしたものばかりを好んでしまうときにも、胃腸薬のサポートが有効だとは知りませんでした。今お話に出てきた消化酵素は古くからあると聞いたのですが、日本における消化酵素薬の歴史について簡単に教えていただけますか。
洪先生:日本の消化酵素薬の歴史は古く、100年以上前に『米(こめ)麹(こうじ)』由来の消化酵素が発見されたことから始まって現在に至ります。大きく分けると、『米麹』のような微生物由来の消化酵素と、豚のすい臓から抽出する消化酵素『パンクレアチン』があります。
どちらも天然由来の消化酵素ですが、それぞれ働く環境が違うので、強酸性の環境である胃、弱酸性の環境である腸の、どちらでも効くようにバランスよく配合されています。
聞き手:消化酵素の働きもタイプによって異なるのですね。ところで最近、『酵素』を謳ったサプリメントや健康食品がたくさん発売されていますが、それらに含まれる『酵素』と医薬品に含まれる『消化酵素』には、どのような違いがあるのでしょうか。
洪先生:まず、酵素というのは非常に多くの種類があり、食品にも含まれています。
消化酵素とは、名前からわかるとおり消化を助ける酵素で、食品に含まれる酵素とは働きが異なるものです。
前述の『パンクレアチン』は、医薬品にしか配合できない消化酵素で、市販の胃腸薬にはこれまであまり多くは配合されていませんでした。
しかし、最近になって、市販の胃腸薬の中でも『消化薬』と分類される薬の中には、この『パンクレアチン』がバランスよく配合されたものが発売されました。
聞き手:酵素は、野菜や果物などの食品や、納豆やお漬物などの発酵食品にも含まれている身近なものですが、医薬品の消化酵素とは働きが違うのですね。では市販されている医薬品の胃腸薬について、種類や分類、含まれている消化酵素などの違いを詳しく教えてください。
洪先生:市販の胃腸薬は配合される有効成分の種類や配合割合の違いによって特徴があり、その働きに合わせていくつかの種類に分類されます(図参照)。
洪先生:これを薬効分類と呼びます。
聞き手:消化薬で消化酵素が胃と腸でバランスよく働くように配合されていると、どのような良い効果があるのですか。
洪先生:食事は口から食べて肛門から便となって排出されるまでの間、消化管という非常に長い管を通りながら消化され、腸から栄養が吸収されます。
胃や腸はそれぞれの場所で食事を適切に消化する機能を持っています。胃もたれの原因として、胃の働きが悪いことによる消化不良が考えられますが、胃と腸は一体となって働くものなので、その両方で働く消化酵素がバランスよく配合されている消化薬を服用することによって、胃と腸それぞれの場所で、食事を適切に消化する働きを助け、胃もたれの症状を改善することが出来るのです。
聞き手:胃腸の不調には、消化薬が効果的なのですね。ひとつ気になるのが、消化薬などの胃腸薬を服用することで、消化酵素を必要以上に摂りすぎてしまうということはないのでしょうか。
洪先生:その点は大丈夫です。胃腸薬に含まれる消化酵素は、健康な人が分泌する消化酵素の量と比べても少ない量しか含まれていないので、
逆に、含まれている消化酵素の量が少なすぎるために、服用しても胃もたれや消化不良症状が思うように改善しないことがありますので、消化不良が原因の胃もたれ等には消化酵素の量が十分に含まれている消化酵素薬を選ぶとよいでしょう。
聞き手:先生のお話を伺って、消化酵素の種類や働きの違いなど、いろいろと知ることができました。最後に、私たちが健康で元気に生きるために気をつけたいことを教えていただけますか。
洪先生:食べ物の消化は、私たちが生きていくための基本中の基本です。身体にとって消化という働きはかなりの負担でもあることから、胃腸の調子が少しでも悪くなると、胃もたれや消化不良といった症状があらわれます。
今後、高齢化が進むと、若い頃に比べて胃腸にさまざまな症状が出やすくなるとともに、胃もたれや消化不良があるために、正しい量・質の食事が摂れずに栄養不足となり、病気にかかりやすくなる可能性があります。
年をとっても健康に生き、活力のある生活を送るためには、単に食事の量と質に注意するだけではなく、食べたものがきちんと消化・吸収されているかを考え、必要であれば医療機関を受診したり、薬局で買える市販の消化酵素薬を上手に服用したりすることが重要だと思います。
洪 繁 先生
慶應義塾大学医学部 坂口光洋記念 システム医学講座 准教授
消化器病学についての数多くの論文や著書を発表され、消化・吸収や栄養学のエキスパートとしてご活躍中の医師。