専門家コラム

消化と消化酵素について

慶應義塾大学医学部
坂口光洋記念 システム医学講座

准教授 洪 繁 先生

2018年9月

今、あらためて注目される『消化酵素』。 加齢とともに消化酵素の分泌量が減少し、胃もたれや消化不良症状を感じる方がいらっしゃいます。その一方で、消化を助ける消化酵素を補い、胃もたれや消化不良症状を改善する『消化酵素薬』という選択肢があることはほとんど知られていません。
そこで今回は、慶應義塾大学医学部 坂口光洋記念 システム医学講座 准教授の洪 繁先生に、「消化」および「消化酵素」についてお話をうかがいました。

index
  1. 年齢と食事量の関係
  2. 胃もたれ・消化不良の原因とその対処方法
  3. 日本における消化酵素の歴史
  4. OTC医薬品※の胃腸薬に含まれる消化酵素の種類と分類、働きの違い
  5. OTC医薬品の胃腸薬(消化薬)に期待すること

年齢と食事量の関係

昔と違って今の65歳以上はお年寄りではない

若い年代では活動量・筋肉量があるので、たくさん食べてもさほど問題ありませんが、中年以降はトレーニング不足によって筋肉が減り、基礎代謝が減るため消費されるエネルギーが減少します。
そのため、若いころと同じような食事量を摂り続けると中年太り・脂質異常症・糖尿病になる可能性もあるため、生活習慣病の予防のために自分の意思で筋肉量を保つためにトレーニングをし、適切に食事をとることは、大人として賢明なこととも言えます。
一方で世界的にも高齢化が進み、一般には65歳以上を『高齢者』と呼びますが、昔と違って今の65歳は“お年寄りではない”という認識です。
まだまだ活動量が衰えていないと考えますので、60才代〜70才代で食事の量が減ってしまう、あっさりした食事しか食べられないというのは自然なことではなく、病的な状態であると考えられます。

胃もたれ・消化不良の原因と
その対処方法

症状をきちんと改善し、必要な栄養素をしっかり摂取することが大切

食事の際、胃や腸の病気もないのに胃もたれや消化不良症状を感じる方は、健康に生きるための栄養の消化が十分でない可能性が考えられます。
その場合は、食後の胃もたれを改善し消化を助ける消化酵素薬の服用によって、症状が改善することがあります。また、胃や腸の病気を患っている方、がんなどで胃や腸の手術を受けたことのある方などは、病気や手術の影響で消化が悪くなり栄養不良になってるケースも考えられます。
そのような場合も、医療機関で適切に処方された消化酵素薬を服用することで、症状が改善し予後が改善する可能性があります。
いずれにせよ胃腸の不具合によって消化不良や食欲不振となり、食事の量が減ってしまう場合は、その症状をきちんと改善し、健康に生きるために必要な栄養素をしっかり摂取することが大切です。

摂取した栄養素の消化イメージ

日本における消化酵素の歴史

医療用消化酵素薬は1960年代から70年代に発売が開始。

米麹菌(Aspergillus oryzae) 電子顕微鏡写真
写真提供:天野エンザイム株式会社

1899年、日本で最初の消化酵素薬として、酵素研究の第一人者であった 高峰 譲吉(たかみね じょうきち)博士が発見した『タカジアスターゼ』が発売されました。これは、糖質とたん白質の消化を助ける消化酵素で、アスペルギルス・オリゼーという米麹(こめこうじ・日本酒を作る麹)から抽出したものです。
米麹は、自分のつくりだす消化酵素により米の糖分とたんぱく質を分解し、ブドウ糖とアミノ酸を作ります。
米麹によって作られたブドウ糖は酵母の働きでアルコールとなり、アミノ酸は日本酒の独特な香りや味のもとになります。
消化酵素原料には、このような米麹などの微生物由来以外に豚の膵臓から抽出されたパンクレアチンがあります。
海外と異なり日本の医療用消化酵素薬は、微生物由来の消化酵素と豚膵臓から抽出された消化酵素がバランスよく配合されていることに特徴があります。

現在、日本で発売されている医療用消化酵素薬は1960年代から70年代に発売が開始され、すでに50年以上経過しているものがほとんどです。消化酵素は薬として非常に長い歴史を持っています。
一般用医薬品の胃腸薬に関しても、胃の運動や消化、腸での消化を助ける薬がたくさん販売されており、先述の『タカジアスターゼ』は、発売から百年以上経っていますが、いまだにいくつかの胃腸薬に配合されています。また、ほかの胃腸薬にもさまざまな微生物由来の消化酵素が配合されており、胃や腸においてでんぷんやたん白質、脂肪の消化を補助する働きをしています。

OTC医薬品の胃腸薬に含まれる消化酵素の種類と分類、働きの違い
※ OTC医薬品:医師の処方箋がなくても
薬局等で購入できる一般用医薬品。

消化酵素は微生物由来と豚の膵臓由来の2種類。

消化酵素には、大きく分けて微生物由来の消化酵素と豚の膵臓由来の消化酵素の二種類があります。豚の膵臓由来の消化酵素であるパンクレアチンは、消化活性を示すpHが中性~アルカリ性であり、酸性では酵素活性が低いことに特徴があります。ヒトの胃内pHは胃酸によって強い酸性ですが、パンクレアチンは胃のpHでは働かないため、胃酸で失活せず腸に到達してから活性がでるように腸溶顆粒として作られています。つまり、パンクレアチンは胃では消化活性がなく、腸で働くよう調整されていることが重要です。 一方、微生物由来の消化酵素は、もともと微生物が酸性の環境で増殖し栄養を分解する必要があるため、酸性から中性のpHで消化活性があるのが特徴で、これはパンクレアチンとの一番大きな違いです。内服すると胃で働き、その後、腸に到達してもそのまま働いて消化を補助します。
これらの点を踏まえ、OTC胃腸薬は含まれる消化酵素の種類によって、でんぷんやたん白質、脂肪など、活性を示す基質が違うこと、また微生物由来と豚膵臓から抽出された消化酵素で至適pHが違うことを利用して、食物の消化という複雑な反応を補助する薬として開発されています。さらに、パンクレアチンはこれまでは医療用医薬品としての使用が中心で、OTC胃腸薬にはあまり多くは配合されていませんでしたが、最近、OTC胃腸薬の中でも『消化薬』と分類されるカテゴリでは、パンクレアチンがバランスよく配合された商品が販売されました。

OTC医薬品の胃腸薬(消化薬)に期待すること

症状をきちんと改善し、必要な栄養素をしっかり摂取することが大切

食べ物の消化は、私たちが生きるための基本中の基本ですが、身体にとって消化という働きはかなり大きな負担でもあることから、胃腸の調子が少しでも悪くなると、胃もたれや消化不良症状があらわれます。
今後、日本国内に限らず世界的にも高齢化がさらに進むので、胃腸の症状を持つ人口が増加するとともに、胃もたれや消化不良症状のために、正しい量・質の食事が摂れない人が増える可能性が高いと思います。
年齢を重ねても健康で活力のある生活を送るには、単に食事の量と質に注意するだけではなく、食べたものが身体のなかできちんと消化・吸収されているかを考え、必要であれば医療機関を受診したり、薬局で買える消化酵素薬を上手に服用したりすることが重要だと思います。

このようなことからも、今回、消化酵素がバランスよく配合された胃腸薬 (消化薬)がOTC医薬品として販売され、薬局やドラッグストアで気軽に手に入るようになったのは、とても大きな出来事と思います。

プロフィール

慶應義塾大学医学部
坂口光洋記念 システム医学講座
准教授 洪 繁 先生

消化器病学について数多くの論文や著書を発表され、消化・吸収と栄養学のエキスパートとしてご活躍中の医師。

〈ご略歴〉
1992年  名古屋大学医学部卒業
1993年~ 小牧市民病院消化器内科
1996年~ 名古屋大学大学院医学系研究科
1999年~ 同修了、医学博士号取得
2000年~ テキサス大学サウスウェスタンメディカルセンター生理学フェロー
2003年~ 名古屋大学附属病院消化器内科
2011年~ 国立長寿医療研究センター消化機能診療科
2012年~ 慶應義塾大学医学部坂口光洋記念システム医学講座